岡山地方裁判所 平成9年(行ウ)2号 判決 1999年11月17日
第二号事件及び第八号事件原告
株式会社メイベッツ
右代表者代表取締役
忰山和重
右訴訟代理人弁護士
水谷賢
第二号事件原告訴訟復代理人・第八号事件原告訴訟代理人弁護士
井上雅雄
第二号事件及び第八号事件被告(元岡山市長)
安宅敬祐(Y1)
第二号事件被告(岡山市保健福祉局保健部長)
池上正和(Y2)
第八号事件被告( 〃 環境衛生課長)
小西常夫(Y3)
同( 〃 中央保健所衛生課長)
貝原速雄(Y4)
同( 〃 西大寺保健所長)
徳山雅之(Y5)
右被告五名訴訟代理人弁護士
服部忠文
主文
一 第二号事件及び第八号事件原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は第二号事件及び第八号事件原告の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判〔略〕
第二 事案の概要及び争点等
〔中略〕
二 争いのない事実(第二号事件及び第八号事件共通)
1 当事者
(一) 原告は、動物の診療所の経営を目的とし、岡山市に本店を有する法人であり、地方自治法二四二条の二第一項の住民である。
(二) 被告安宅は、平成七年度及び平成八年度において、岡山市長の職にあった者である。
(三) 被告池上は、平成七年度において、岡山市保健福祉局保健部長の職にあった者である。
(四) 被告小西は、平成八年度において、岡山市環境衛生課長の職に、被告貝原は、同年度において、岡山市中央保健所衛生課長の職に、被告徳山は、同年度において、岡山市西大寺保健所長の職にそれぞれあった者である。
2 委託契約等
(一) 岡山市は、平成七年四月一日、社団法人岡山獣医師会(以下「獣医師会」という。)との間で、狂犬病予防注射の実施等に関する協定(以下「本件協定」という。)を締結し、右同日、委託者を岡山市長、受託者を獣医師会、委託内容を岡山市長の所轄する委任事務に属する事務である犬の登録及び鑑札交付事務並びに狂犬病予防注射済票交付事務(右登録及び注射済票交付にかかる手数料の徴収事務及びその他これに付随する事務も含む。以下、犬の登録及び鑑札交付事務を「登録等事務」と、狂犬病予防注射済票交付事務を「注射済票事務」といい、これらを併せて「本件事務」ないし「本件委託事務」という。)の委託、委託料を四一二万円とする狂犬病予防関係業務委託契約(以下「本件平成七年委託契約」という。)を締結した。
本件平成七年委託契約は、随意契約の方法(地方自治法二三四条)により締結された。
(二) 岡山市は、獣医師会との間で、平成八年四月一日、本件協定を更新し、右同日、本件協定に基づき、岡山市が平成八年四月に岡山市内約一八〇箇所で実施する狂犬病予防集合注射(以下「本件集合注射」という。)の際に行われる本件事務を獣医師会に委託することを内容とする狂犬病予防注射関係業務委託契約(以下「本件平成八年委託契約」といい、本件平成七年委託契約と併せて「本件委託契約」という。)を締結した。
3 公金の支出
(一) 被告安宅は、平成七年一一月一七日ころ、本件平成七年委託契約に基づき、岡山市の予算執行権限者として、獣医師会に対し、公金から委託料四一二万円を支払った(以下「本件平成七年支出」という。)。
(二) 被告小西、同貝原及び同徳山は、平成八年四月、別紙「平成8年度狂犬病予防注射」のとおり、それぞれ岡山市環境衛生課、岡山市中央保健所、岡山市西大寺保健所の各職員合計三四名に対し、本件集合注射の実施会場における時間外勤務を命じ、のべ八六五・五時間の時間外勤務をさせ(以下「本件時間外勤務」という。)、右三四名の職員に対する平成八年四月分の時間外勤務手当(以下「本件時間外手当」という。)の合計二〇〇万八七六二円の支給の審査及び決裁をし、被告安宅は、岡山市の予算執行権限者として、右三四名の職員に対し、右金員を支給した(以下「本件平成八年支出」という。)。
〔中略〕
第三 争点に対する判断
〔中略〕
二 第二号事件について
1 まず、本件平成七年委託契約の施行令一六七条の二第一項二号違反の点について判断する。
同項二号は、「その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」に限り、随意契約の方法によることができる旨規定するところ、「その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」とは、当該契約の性質又は目的に照らして競争入札の方法による契約の締結が不可能又は著しく困難である場合に限定されず、競争入札の方法によること自体が不可能又は著しく困難とはいえないが、不特定多数の者の参加を求め競争原理に基づいて契約の相手方を決定することが必ずしも適当ではなく、多少とも価格の有利性を犠牲にする結果になるとしても、随意契約の方法をとるのが当該契約の性質に照らし又はその目的を究極的に達成する上でより妥当であり、ひいては当該普通地方公共団体の利益の増進につながると合理的に判断される場合も同項二号に該当し、その判断は、当該契約の種類、内容、性質、目的など諸般の事情を考慮して当該普通地方公共団体の契約担当者の合理的な裁量判断により決定されるものと解される(最高裁昭和六二年三月二〇日第二小法廷判決・民集第四一巻第二号一八九頁参照)。
なお、原告は、「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」にあたるかどうかの判断について、競争原理の導入が可能な場合でもなお競争入札に適しないものがありうるという解釈は、一般競争入札を原則とし随意契約を例外とした地方自治法二三四条二項の趣旨に反しても随意契約の安易な利用をさらに拡大する不合理な結果をもたらすことになると主張するが、右の判断は、前記のとおり、その契約の性質に照らし又は目的を究極的に達成する上でより妥当であり、ひいては当該普通地方公共団体の利益の増進につながるかどうかという合目的的判断であって、競争原理導入の可能性のみで判断することは、判断を過度に硬直化させ、かえって契約の目的を達成する上で不合理な結果をもたらすことになりかねないし、施行令一六七条の二第一項第二号の文言は、右のような理由から、会計法二九条の三第四項の「契約の性質又は目的が競争を許さない場合」といった厳格な規定の仕方とは異なり、ある程度抽象的な文言となっていると考えられるから、原告の主張は採用できない。
本件においては、本件平成七年委託契約は、本来であれば、飼い主は、犬の登録、鑑札及び注射済票の交付を受けるため、別途犬の所在地を管轄する保健所まで出向かなければならないところ、鑑札、注射済票及び申請書一式その他必要な物品をあらかじめ受託者に渡しておくことにより、年一回の予防注射実施の際にその場で犬の登録、鑑札又は注射済票の交付手続を一括して行えるようにしても飼い主の利便を図り、もって犬の登録と予防注射を徹底させ、狂犬病の予防及び公共の福祉の増進を図ることが目的である。確かに、本件委託事務の内容は、特別な知識を必要としない点では競争入札の方法による契約の締結が不可能又は著しく困難ではないが、他方で、本件委託事務には、鑑札、注射済票並びに犬の飼い主から徴収した登録手数料及び注射済票交付手数料の保管管理も含まれており、同事務は誰にでも任せることができるものではないことからすれば、本件委託事務にかかる契約の締結につき、不特定多数の者の参加を求めることは、必ずしも妥当ではない。本件平成七年委託契約の右目的の達成のためには、多くの窓口を持ち、飼い主がアクセスしやすい日時場所においてなるべく多くの予防注射の機会を提供することができる者を同契約の相手方とすべきであり、また、右の鑑札等の保管管理の適正を期すためには、社会的信用の確立された者を相手方として選定することが必要であると考えられる。
そして、個別の予防注射を行うのは獣医師に限られるため、委託先は、獣医師個人又は獣医師の団体に限定されるところ、前記認定の事実によれば、獣医師の団体としては、平成六年当時、岡山県内で届出のあった獣医師六三六人中九四パーセントにあたる五九七人が加入、岡山市内の動物診療施設三八のうち九二・一パーセントにあたる三五施設が同会に加入している団体である獣医師会があり、右のように獣医師会加入獣医師数及び施設数の割合が九〇パーセントを超えていることからすれば、獣医師会は獣医師の団体としては最も広い窓口を有するものであることは明白であり、他に獣医師会よりも広い窓口を有する獣医師団体の存在は想定しえないこと、獣医師会は、岡山市との協定により毎年市内の約一九〇箇所もの会場で集合注射を実施しており、飼い主がアクセスしやすい日時場所において予防注射の機会を数多く提供できること、獣医師会は公益法人であり、昭和五〇年ころから本件平成七年委託契約当時までに二〇年間にわたり鑑札及び注射済票の保管管理及び交付事務並びに手数料の保管管理につき信用と実績を有していたこと、現に、岡山市における狂犬病予防注射済票交付件数は、平成七年度で、総数一万一八二一件中獣医師会委託分は一万一二九九件、平成八年度で、総数一万二〇三〇件中獣医師会委託分は一万一五八四件であり、獣医師会への委託を通じて注射済票の交付件数が促進されていると評価できることが認められ、以上の事実からすれば、被告らにおいて、本件事務の委託先が獣医師会しかなく、獣医師会を委託先とすることは岡山市の利益の増進につながると判断し、本件事務の委託契約が「その性質又は目的が入札に適しないものをするとき」に該当すると判断したことに合理性を欠くとはいえず、本件平成七年委託契約を随意契約の方法により締結したことは違法であるとはいえない。
2 これに対し、原告は、原告の経営する夜間動物病院は、獣医師会の実施した予防注射に匹敵する件数の予防注射実績があること、委託事務自体は獣医師会以外の者でも遂行できる事務であること及び競争入札の方法によれば岡山市にとってより有利な委託料での契約締結が期待できることから、本件委託事務は「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」にはあたらないと主張する。
確かに、夜間動物病院の前身である「岡山県開業獣医師会」は、岡山県で、昭和六二年度に約一三〇〇頭、昭和六三年度に約二〇〇〇頭、平成元年に約四五〇〇頭、平成二年に約九〇〇〇頭の予防注射実施の実績があることは前記認定のとおり、原告代表者は、その尋問において、夜間動物病院も、岡山県で、平成九年度に約二万頭、岡山市で、平成六年度に約八〇〇〇頭、平成七年度に七八〇〇頭、平成八年度に七六〇〇頭の予防注射実施の実績がある旨供述し、また、夜間動物病院は、平成八年当時で、忰山動物病院、永原動物病院、松本動物病院、東岡山動物病院の四つの動物病院の開業医の参加、協力があったことが認められ、原告は、被告安宅及び同池上において右の原告の実績を把握していた旨を主張する。しかし、右被告らにおいて、平成七年委託契約当時、右の原告の実績を把握することが可能であったことを認めるに足りる証拠はなく、むしろ、原告が、岡山市に対し、夜間動物病院との間で委託契約を締結してほしい旨要望したものも平成八年に入ってからであることからすると、右被告らにおいて、本件平成七年委託契約の締結に際し、登録獣医師の九五パーセント以上の獣医師が所属している団体である獣医師会に匹敵する注射実績を有する獣医師の団体はないと考えるのは自然であり、右被告らにおいて、委託先として獣医師会しかいないと考えたことが合理性を欠くとはいえない。
また、原告は、本件平成七年委託契約が随意契約により行われたのは、岡山県職員が、獣医師会に対し、強い影響力を持っている関係で、岡山市としても獣医師会の意向を無視できなかったからであるとか、獣医師会及び岡山市が、より安価の注射料金で予防注射を実施して実績を伸ばしてきた原告を嫌悪していたからであるなどと主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はなく、採用の限りではない。
3 よって、その余の点について判断するまでもなく、本件平成七年委託契約は、施行令一六七条の二第一項第二号により随意契約によることができる場合にあたり、違法とはいえない。
三 第八号事件について
1 狂犬病を予防するには、全ての飼い犬に漏れなく予防注射を受けさせることが重要かつ効果的であり、狂犬病予防法は、飼い主に対し、その飼い犬に予防注射を受けさせることを義務づけているが、予防注射が有料で飼い主負担となること、予防注射は一度受ければよいというものではなく、毎年一回受けさせる必要があること及び狂犬病発生の可能性が潜在的であること等から、全ての飼い主が自発的にその飼い犬に予防注射を受けさせることを期待することは現実的ではない。そこで、狂犬病予防法は、登録等事務及び注射済票事務を市長(保健所を設置する市以外の地方公共団体においては都道府県知事)に行わせることにより、予防注射を受けない、いわゆる注射漏れを予防し、もって狂犬病の発生の予防、まん延の防止、ひいては公衆衛生の向上及び公共の福祉の増進を図ろうとしている。
もっとも、注射漏れを防止する手段は、犬の登録、鑑札交付、注射済票の交付に限られるものではなく、むしろ、地方自治法二条三項一号は、地方公共団体の事務として、「地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持すること」を定めていることからすれば、集合注射の機会を設け、これを犬の飼い主に周知させ、かつ集合注射が円滑に行われるよう種々の調整を行うことにより、注射漏れを可及的に防止して、狂犬病の予防を徹底するために行う事務は、地方公共団体のなすべき公共の事務であると解される。
また、狂犬病予防注射の実施主体については、狂犬病予防法上は明記されていないところ、個々の予防注射については、犬の飼い主と獣医師との個別の契約によるものであることから、個々の予防注射の実施主体は個々の獣医師であるが、右のとおり狂犬病の予防のための事務は公共の事務であり、集合注射を主催する等の予防注射業務全般については、狂犬病の予防のための事務としてその実施主体は地方公共団体であると解される。
そして、飼い主がその飼い犬に予防注射を受けやすくするための事務についての具体的な内容、方法、程度については、前記のとおり、犬の登録及び鑑札交付、注射済票の交付以外には、狂犬病予防法には具体的に明示されていない以上、個々の地方公共団体の裁量によるべきであると考えられる。
2 これを本件についてみると、本件集合注射実施当日、市職員が時間外勤務により狂犬病予防業務として行った事務は、前記認定のとおり、集合注射実施班が会場に近づいた際、会場近辺で広報車により、案内のアナウンスを行うことにより、集合注射の実施を会場近辺に在住の犬の飼い主に周知させること、各会場において、自動車による来場者の駐車車両の整理誘導、注射を待つ犬同士のけんか防止などの誘導、糞の後始末に関するチラシや無駄吠え防止に関するチラシの配布、散歩時や混雑時における引き網の持ち方等の指導、会場で糞をした犬の飼い主に対する後始末方法の指導、各会場ごとの開始時間、終了時間、注射頭数、交付注射済票番号、登録頭数、交付鑑札番号などを集合注射日誌に記載し、集合注射実施状況を記録化すると共に、翌年度の集合注射の計画、実施の参考とすること等であることが認められ、以上はすべて集合注射を円滑に実施し、注射漏れを可及的に防止するための事務であると認められるから、右事務遂行のため、被告安宅、同小西、同貝原及び同徳山が、本件時間外勤務を命じ、右命令に基づき本件時間外勤務手当として二〇〇万八七六二円の支出を決裁し、又は右金員を支出したことは、違法であるとはいえない。
3 この点、原告は、本件平成八年委託契約により、岡山市が本件集合注射会場においてなすべき事務はなく、会場における質問及び苦情の受付も本件委託事務の一内容として獣医師会により対応すべきであるから、本件時間外勤務は、正当な理由及びその必要性がない旨主張するが、右のとおり、集合注射を円滑に実施し、注射漏れ防止を図るための予防注射業務は、本件平成八年委託契約の委託内容とはなっておらず、むしろ、岡山市の行うべき公共の事務であるというべきであるから、原告の主張は理由がない。
また、原告は、広報活動は行われていないし、本件集合注射会場においては、苦情及び質問はなく、誘導整理の必要はないし、そもそも、犬の飼い方、マナー等の普及啓発も岡山市職員に時間外勤務を命じてまですべき岡山市の事務とはいえないと主張するが、前記認定のとおり、集合注射会場近辺において集合注射の実施を広報車によるスピーカーで呼びかけており、広報活動は行われているし、本件集合注射においては、二〇ないし九〇分という短時間の間に約一〇ないし一四〇頭の犬及び同数の飼い主が予防注射のために参集しているのであるから、当然、混雑が予想され、現に本件集合注射においても、岡山市職員は車、犬の誘導整理を行っており、苦情質問についても対応が必要であったことが認められる。犬を飼ううえでのマナー等の普及啓発についても、前記のとおり、予防注射業務の具体的内容については、地方公共団体の裁量に委ねられているところ、多数の飼い主が集合し、待機している集合注射会場においては、右普及啓発を行うよい機会であり、住民の福祉として行うべき行政サービスの一環にあたらないとはいえないから、右裁量を逸脱しているとはいえず、原告の主張は採用できない。
さらに、原告は、岡山市は、本来、獣医師会の実施する集合注射の実施主体ではなく、原告ら主催の予防注射と注射料金が異なる理由につき説明する義務はないのであるから、本件時間外勤務手当にかかる職員数及び時間外勤務時間は過分であって、実際の職員数及び時間の一割程度で足りると主張する。確かに、本件集合注射においては、例年により多くの人数の職員につき時間外勤務命令が行われているが、前記認定のとおり、本件集合注射においては、原告が日時場所の近接する注射の実施を計画し、通常以上の苦情、混乱が予想されたからであり、現に、原告との関係の質問、苦情が多かったことが認められるし、苦情対応のために増員した市職員数も、様子を見ながら調整し、最後の二週は通常体制の人数であったのであるから、本件時間外勤務手当にかかる職員数及び時間外勤務時間が違法であると評価すべきほどに過分であったとはいえない。
そのほかにも、原告は、獣医師会実施の注射料金より安い料金で実施する原告の注射実績頭数が毎年上昇しているので、獣医師会による注射実績の低下を回避するため、被告らは本来必要のない時間外勤務を命じたと主張するが、集合注射による注射頭数が減少していることを示す証拠はないし、原告代表者自身、その本人尋問において、岡山市では未登録犬が一万数千頭以上おり、注射業務を獣医師会と夜間動物病院が奪い合う関係になっているわけではないことを認めているのであるから、右原告の主張は理由がない。
四 以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小野木等 裁判官 村田斉志 村上誠子)